2004.10.01パキスタン滞在記

いつも一緒に茶を飲んだ運転手
さて、パキスタンへ行くことになった。目的は産業振興による貧困削減を図るべく、技術支援センターに計画機材の選定を調査するためだ。期間は約1ヶ月間、5名の専門家に業務調整員である私を加えた総勢6名でパキスタンにて調査活動を行った。
仕事で行く海外というのは普段の海外旅行と違い、なかなか現地の生活に触れる機会がない。とくに、今回は技術支援センターがカウンターパートということもあったのかもしれないが、ほぼ毎日がホテルとセンターとの往復で終わるという生活が続いた。これには少し寂しいものを感じながらも、どうしても普段の海外旅行と同じように現地の生活を覗きたいという欲求にかられ、現地生活との触れ合いの時間をつくった。

食堂の少年
たとえば、現地で雇った運転手のジャビエと朝の食堂で飲むお茶もそのひとつだ。朝、仕事場である技術支援センターに着くと、時間があればかならずジャビエとセンター内にある食堂でお茶を飲んだ。食堂の入り口でいつも働いている少年に、「ドゥ、チャイ(紅茶2つ)」とジャビエから習ったウルドゥー語で注文をすると、その少年が照れくさそうに紅茶をテーブルまで持ってきてくれる。テーブルではジャビエが私に片言の英語とウルドゥー語で盛んに話しかけてくるが、私は彼が何を言っているのかさっぱり分からない。しかしなんとも不思議なもので、お茶を飲む回数が重なるたびに彼が何を言いたいのかわかったような気分になってくる。私が正しく理解していれば、彼には1歳になる赤ん坊がいて、イスラム教徒だがお嫁さんは1人で十分だということ、将来はU.A.Eに行って一山当てたいことなどを話してくれた。お茶を飲み終わるとその日の気分でどちらかが支払を済ませ、食堂から出て行く。周りから見れば、何を話しているかも検討がつかず、どんな関係かも分からず、一種異様な2人に見えていたかもしれない。しかし、日々ホテルと調査地を車で往復することが中心であった私のパキスタン滞在期間のなかで、さも旅行で来ているかのような気分にさせてくれる貴重な時間だった。
ところで、パキスタンはジャビエと同じように移民として海外へ出て行く人が多いという印象があったが、それは帰国後読んだニューズウィーク誌で少し印象が変わってきた。それによると、パキスタンは世界のトップ5に位置付けられるほど、パキスタンに来る移民に対し厚遇をもって迎えるそうである。「行く者拒まず、来る者も拒まず」というお国柄なのかもしれない。蛇足であるが、日本は同誌で「移民」に関してはランク外だが、「科学技術」で世界のトップ5という評価を受けていた。

タバコ屋の店主
よくタバコを買いに行ったタバコ屋の店主とのやりとりも、私にとって楽しいひと時だった。その店主は「安くして」と頼んでも決してタバコの値段を下げてはくれない。最初の数回は高く売られているのかと思った。というのも、パキスタンではどこでも、どんな商品でも、値段交渉後に”適正価格”が決まるからだ。他の店でのやりとり後に決まる”適正価格”と比較して、おそらく値段の駆け引きをしないという店主の方針だったのだと思う。途中からは、私が店へ行くと無言でタバコを出してくれ、こちらも黙ってお金を渡し、お釣りがあるときは黙ってお釣りを返してくれるという妙な客と店主の関係になった。パキスタンではどこでも価格交渉をして、外国人料金を請求されていた私にとって、大変気の休まるタバコ屋だった。あえて難点を挙げるとすれば、ときどきタバコが売り切れていることがあったことだ。周りの客が1本1本買っていく中で、1箱単位で買っていく私のような客に備えて仕入れることはリスクが高いのかもしれない。なんとも堅実経営だが、非常に興味をそそられるタバコ屋の店主だった。
とにかく1ヶ月のパキスタン調査は無事終了した。業務としての調査自体は紆余曲折あったが、私個人にとってはパキスタン人の生活をもっと覗いてみたいという好奇心を持たせてくれるところであった。次回機会があれば、さらに深く覗いてみようと思う。


