2005.06.01中米パナマの実情と今後の課題
私のアパートから見える 「パナマ・シティーの高層ビル群」
中米地峡の南端に位置するパナマは、太平洋と大西洋を結ぶ運河を建設するために 1903年11月3日にコロンビアから分離独立し、一昨年11月に建国百周年を迎えたばかりの若い国である。しかし歴史的には、16世紀からスペインとペルー・コロンビア間を結ぶ交通の要衝・商業都市として栄え、また鉄道および運河建設を通じて、中国やカリブ海地方から多くの移民を受け入れて発展してきた。運河の完成後は、運河をはさむ両側5マイルの地域が米国の租借地として米軍基地がおかれてきたが、1977年にカーター・トリホス条約が結ばれ、 1999年12月31日に運河はパナマに返還され、今日に至っている。パナマ運河の国庫への納入額は年に3億ドル強(国庫歳入の11%)に上り、大きな貢献をしている。 北海道ほどの面積に 広島県とほぼ同じ人口(約300万人)を擁する小さな国ではあるが、首都のパナマ・シティーは極めて国際的な近代都市である。街には、国際金融センター、商業地区、またパナマ湾沿いには30階・40階建てにもなる高級マンション群が立ち並んでいる。
山越え道路のドライブインで 「靴磨きのインディオの少年達」
一方、 パナマ市から運河沿いに車で30分も走ると、もうそこは熱帯雨林地帯で、熱帯動植物の宝庫となる。とくにパナマ市の近くでは太平洋と大西洋の間が60kmしかないため、動植物の多様性は世界でも有数のものになっており、バードウォッチングを始めとするエコ・ツーリズムに期待が寄せられている。
また、国を横断するアメリカン・ハイウェイを少し走れば、パナマの田舎が連綿と続き、のどか な地方都市と農村・牧草地、森林がなくなって地肌が見える山並みの風景が続く。さらに首都圏から離れた山岳地帯には、インディオの住民が約30万人を数え、その多くがいまだ貧困にあえぐ状態にある。
平均所得では4000ドルを超える国でありながら、教育も保健サービスも十分受けられない貧困層が人口の約40%を占め、さらに19%が極貧層に分類され、街から離れた農村部に多く分布している。パナマ経済の問題は、富の偏在、運河地域への集中にあり、運河・港湾サービス・フリーゾーン・国際金融センターなどの地理的メリットを活かした活動をさらに推し進めマクロの経済成長を続けるのと同時に、国内生産部門の強化を図り、地域経済の活性化を図ることが課題となっている。
「パナマの民族衣装 ポジェラ」 :レストランの民族舞踊ショー
今回の派遣は、当初、「パナマの産業競争力の強化」をテーマとして公募に掛けられたのであるが、米州開発銀行の支援による「クラスター戦略による競争力強化プログラム」が開始したこともあって、「中長期の経済開発戦略」に協力の内容がシフトされた。経済財務省の公共政策局を中心とするワーキング・グループをカウンターパートとして、2003年から2004年にかけて長期戦略の策定を支援してきた。昨年9月に政権の交代があり、成果物となる長期戦略を新政権に提示し、新政権の政策の中に取り入れられてきている。今年度は、政権期間の5年間におけるアクション・プランの作成に協力することになっている。
「パナマ運河をまたぐアメリカ橋と 4人の美女」
多くのラテンアメリカの国々と同様に、パナマでも大統領選にともなう政権交代によって、公的機関の人員削減と入れ替えが大々的に行なわれており、「選挙に協力したのにまだ仕事がもらえない」という不満も市中には高まってきているようである。しかしこのような人的つながりをベースにした人事や特定グループへの利益誘導のための政策ではなく、国の将来を見据えた長期的な展望に立った政策の確立が、真に必要とされている。


