現地リポート

2011.11.01雄勝町でもらったガッツ

調査部 研究員 安田高法

3.11から5か月が経った頃、初めて「被災地」に向かった。震災当時、僕は日本にいなかったこともあり、耳に入ってくるあまりに大きな被害の状況を実感を持って受け止められていなかった。地震を経験していなかったことに対して、少し負い目に似た感覚があったかもしれない。けれども、地震・津波の直後に寄ったアジアの国で多くの人々からエールを受け取っていたので、これを何らかの形で届けたいと思い、同僚と共に石巻市雄勝町に向かった。

雄勝町(おがつちょう)は震災前人口が4,300人の小さな町で、牡鹿半島よりやや北に位置する。3月11日の地震・津波では、多くの被害が出た地域であり、周辺のインフラがダメージを受けて道路が分断されたままの箇所もある。リアス式海岸である三陸海岸の一部で、その形状から津波が奥に来るほど波が高くなりやすい。雄勝町の地区の一つである船越では、湾口から200mほどのところに小学校があり、この手前に昭和8年にあった大津波の最高到達地点を示す記念碑があった。今回の津波はこれを大きく超え、記念碑より少し高台にあった小学校の3階の床まで達していたから、どれだけ想定と想像を超えたものだったかが分かる。この記念碑より高い地域に住んでいたために避難せず、犠牲となった方が多かったそうだ。

さて、震災発生直後の状況については今回雄勝町を訪問するきっかけとなった間瀬氏による4月~5月の記事(下方リンク)を参照してもらうこととして、ここでは8月の訪問と10月の訪問を通して知った復興状況をレポートしたい。(当事者としての報告ではない上、2回の訪問時間もかなり短いものであったので、誤った情報や誤解もあるかもしれないが、あくまで感想としてお伝えしたい。)

雄勝町では、震災前に4,300人だった人口は、現在は900人前後となっている。減った人口の中には亡くなった方、行方不明になった方も含まれるが、避難所での生活を経た後に外に移動してしまった人達も多い。例えば雄勝町船越地区では漁船が3隻しか残らなかったこと、流された瓦礫が漁場を荒らしてしまったことなどにより、生活の基盤となる漁業が困難になった。小学生は、地区内の校舎が被災したため車で50分の距離にある別の小学校に通わざるを得なくなった。こういったやむを得ない事情もあり、船越地区では135世帯中数世帯しか生活していない。

8月に初めて雄勝町に行った際には、既に緊急支援が必要な段階を乗り越え、復興に向かい始めていると感じた。上述の通り雄勝町では漁船が3隻しか残らなかったが、高知から漁船を送られ、町内の工場で船を直す活動が少しずつ進んでいた。そして、嬉しいことに10月に再訪した際にはちょうど漁が再開されたところだった。海の男たちが船に乗り込み魚を獲ってくる姿は圧巻で、定置網で獲れたカンパチやギンザケをお裾分けしていただいた。

瓦礫撤去もボランティア事業、民間事業、そして水産庁による事業を通して少しずつ進んでいるが、石巻市の中心部やその他の被災地と比べると進みが遅い印象を受けた。8月時点では重機が盛んに瓦礫運搬を行っていたが、10月訪問時点では石巻市中心部の瓦礫置き場で起こった火災対策のために重機がそちらに行っており、人口が少なく奥まった場所にある船越地区の瓦礫撤去は多少後回しになっていたようだ。

他の地域と比べた訳ではないが、船越地区の人々は特に「自分たちの手で復興して、次の世代に繋ごう」という意志を強く感じた。彼ら自身による復興プランは漁業の復活のみならず、住環境の整備にも構想を持っている。例えば、仮設住宅は2年間取り壊しが出来ないため、賃貸アパートなどを含む復興住宅を整備する方が将来のことを考えると現実的かつ効果的として、行政にアピールしている。また、9月頃からは名産の雄勝石を使ったお守りを女性たちの手によって作り始めた。硯の原料としても有名な雄勝石は、当地域では屋根の瓦としても使われている。津波で流されながらも回収できた瓦を使って、石を削りきれいな絵を描いて売ったところ好評を得ている。

現地ではとある支援者から「ボランティア不要論」も耳にした。例えばボランティアや支援物資が地元の人の雇用やあるべきモノの流通を妨げているという。復興段階に入り、もちろんそういった一面もあるだろう。ただ、個人的には「ボランティアは必ず現地の人の役に立たなければならない」必要はないと思っている。ボランティア側の人にとっても現地の人にとっても、支援する側とされる側という一方的な関係は成り立たないからだ。事実、雄勝町船越地区では、随所で支援団体の力を借りながらも自らの力で未来を創っていこうとするガッツに溢れており、何かをしたいと思いながら訪問した僕たちは逆に大きなガッツをもらった。僕たちが何かをもらったことから、気持ちのやり取りが生まれ次に繋がっていくというのもアリではないだろうか。

▼間瀬専門家による過去の現地リポート
2011.04.21 東北地方太平洋沖地震(その1) 大津波に消えた町で
2011.04.28 東北地方太平洋沖地震(その2) 石巻市雄勝町の人々
2011.05.13 東北地方太平洋沖地震(その3) 支援について

▼雄勝町船越地区のリーダー中里氏のブログ
船越(宮城県石巻市雄勝半島)復興への歩み